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『短歌の友人』
2008/05/15(Thu)
001


きょうは朝からお天気もよくて、ようやく寒さから解放されましたね。
きのうまでの3日間はがまんできずに暖房いれてしまいました。
寒いと自分がじいいっと動かなくなるので困ります。

さて、先週とってもうれしいニュースがありました。
所属誌「かばん」の大先輩であり、
短歌をはじめる以前からのあこがれの人でもある穂村弘さんが、
歌論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞を受賞されました!!ぱちぱちぱち…!!

この『短歌の友人』はまとめて1冊書き下ろされたものではなく、
これまで穂村さんがさまざまな媒体で発表されてきた「歌論」を集めたもので、
テーマがほんとうに幅広く、文章のテイストも軽めのものから重めのものまで、
いろいろな角度から短歌について学ぶことができるすごく面白い1冊です。

『短歌という爆弾』『短歌はプロに訊け!』などと同様、
読めば短歌偏差値がぐいっと上がりそうな実作のヒントから、
短歌を読むのがいっそう楽しくなる穂村さんならではの鑑賞の切り口、
近代から前衛、ニューウェーブを経て現代にいたる短歌の大きな流れや、
塚本邦雄、岡井隆、小島ゆかりといった時代を代表する歌人の歌人論など、
ほんとうに盛りだくさんで読み応えがあります。

一番印象に残っているのは第6章の「短歌と<私>」の中の「はだかの<私>」です。
穂村さん自身が第一歌集『シンジケート』を出版された際に受けた批評や、
BS短歌会で詠んだ作品に関して受けた批評をとりあげ、

「<私>の核にあるものが歌を通じて否応なく明らかになり、
 それによって未知の誰かの強い反応を(肯定であれ、否定であれ)
 引き出すことを(望んでいたのではないか)」


「どれだけ緊張して真剣に作っても、いやむしろそうしたからこそ、
 歌の中に本当の<私>というものがくっきりと姿を現したのである」


と書かれているのですが、
これまで短歌と「私」の関係について作中主体=作者という読まれ方ばかりを考えていて、
そこに疑問を感じていたので、これを読んで、まさに目から鱗というか、
短歌に限らず、表現者が背負うべきものについて考えさせられました。

そのほか、斉藤斎藤作品について述べた、
「絶望に希望を直に上書きするような作歌スタイルが生み出す異様な緊張感」や、

斎藤茂吉や俵万智の「普通さ」を述べた、
「「ハートは庶民の十倍も庶民」は大歌人の条件」など、

すごい名言があふれかえっています。

ちなみに、拙著『イチゴフェア』からも、
第1章の「短歌の感触」の中の「反復迷宮」で、
「絶望と希望が尻っぽを吞みあったようなぎりぎりの感動がある」リフレインを用いた歌として、

言い訳の言い訳のまた言い訳を柔軟剤の匂いの中で

第2章の「口語短歌の現在」の中の「棒立ちの歌」で、
「修辞レベルでの武装解除、すなわち「うた」の棒立ち化」が見られる歌として、

何度でも抱いてくださいそのたびにわたしはわたしに近づけるから

という歌と、短いエッセイを引用していただきました。
うたを作り出して10年、
そろそろ「棒立ち」からは卒業しなくては、とおもう今日この頃です。






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2008/05/17 14:34  | | #[ 編集]
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2009/05/27 11:50  しゃばなしゅば書房1号
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